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自由民権運動と立憲制国家

明治維新の諸改革(中央集権・富国強兵・殖産興業)と文明開化、明治初期の外交と国境の画定、自由民権運動から大日本帝国憲法の制定・帝国議会の開設までを、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 自由民権運動の流れを説明できる
  • 大日本帝国憲法の特色を説明できる
  • 帝国議会の開設と、選挙権の制限を説明できる

前に習ったこと

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基本を理解する

自由民権運動

1877年の西南戦争のあと、言論による政治参加を求める自由民権運動が広がりました。始まりは1874年の民撰議院設立の建白書です。1881年、政府は国会開設の勅諭を出しました。

立憲制国家

1885年に内閣制度がつくられ、伊藤博文が初代の内閣総理大臣になりました。1889年に大日本帝国憲法が発布され、1890年に第1回帝国議会が開かれました。同じ年、教育勅語も出されました。

例題

大日本帝国憲法の特色

大日本帝国憲法では、主権はだれにあり、国民の権利はどのように認められたか。

解き方

主権は天皇にあった。国民は「臣民」とされ、その権利は法律の範囲内で認められた。

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間違えやすいポイント

「大日本帝国憲法はアメリカの憲法を参考にした」

君主の権力が強いドイツ(プロイセン)の憲法を参考にした。

「第1回の選挙では、20歳以上のすべての男女が投票できた」

選挙権は、直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子に限られ、有権者は人口の約1%だった。

まとめ

確かめること できること
1 自由民権運動の流れを説明できる
2 大日本帝国憲法の特色を説明できる
3 帝国議会の開設と、選挙権の制限を説明できる

理解度チェック

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このページの用語

西南戦争(せいなんせんそう)
1877年、西郷隆盛を中心とする鹿児島の士族が起こした反乱。徴兵令でつくられた政府軍がしずめ、これ以後、武力による反乱はなくなった。 くわしく見る
自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)
国会の開設や憲法の制定を求め、国民が政治に参加する権利を広げようとした運動。 くわしく見る
民撰議院設立の建白書(みんせんぎいんせつりつのけんぱくしょ)
1874年、板垣退助らが政府に提出した、国民が選んだ議員による議会の開設を求める意見書。自由民権運動の始まりとなった。 くわしく見る
国会開設の勅諭(こっかいかいせつのちょくゆ)
1881年、政府が10年後の1890年に国会を開くことを約束した。 くわしく見る
内閣制度(ないかくせいど)
1885年につくられた制度。伊藤博文が初代の内閣総理大臣になった。 くわしく見る
伊藤博文(いとうひろぶみ)
初代内閣総理大臣。ヨーロッパで憲法を調べ、君主の権力が強いドイツ(プロイセン)の憲法を参考に、憲法の草案をつくった。 くわしく見る
大日本帝国憲法(だいにっぽんていこくけんぽう)
1889年2月11日に、天皇が国民にあたえるという形で発布された憲法。天皇が国を治める主権をもち、国民は「臣民」とされた。 くわしく見る
第1回帝国議会(だいいっかいていこくぎかい)
1890年に開かれた最初の議会。衆議院議員の選挙権は、直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子に限られ、有権者は人口の約1%だった。 くわしく見る
教育勅語(きょういくちょくご)
1890年に出された、忠君愛国の道徳を示した文書。学校教育の基本とされた。 くわしく見る

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