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条約改正と日清戦争

欧米の帝国主義と東アジア、条約改正の歩み、日清戦争・日露戦争と韓国併合、日本の産業革命と社会の変化、近代の文化を、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 帝国主義の動きと、東アジアの情勢を説明できる
  • 条約改正の歩みを説明できる
  • 日清戦争の原因と結果を説明できる

前に習ったこと

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基本を理解する

帝国主義と条約改正

19世紀後半、欧米の国々は帝国主義によって植民地を広げました。日本は条約改正を目指し、1886年のノルマントン号事件で改正を求める声が高まりました。

日清戦争

1894年、朝鮮をめぐって日清戦争が起こりました。1895年の下関条約で日本は台湾などを得ましたが、三国干渉で遼東半島を返しました。

例題

三国干渉の影響

三国干渉のあと、日本国内ではどのような動きが強まったか。

解き方

遼東半島を返すように求めたロシアへの反感が強まり、「臥薪嘗胆」を合言葉に、軍備の拡張が進められた。

自分でやってみる

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間違えやすいポイント

「1894年に関税自主権を回復した」

1894年に撤廃されたのは領事裁判権。関税自主権の回復は1911年。

「三国干渉はイギリス・アメリカ・フランス」

三国干渉は、ロシア・ドイツ・フランス。

まとめ

確かめること できること
1 帝国主義の動きと、東アジアの情勢を説明できる
2 条約改正の歩みを説明できる
3 日清戦争の原因と結果を説明できる

理解度チェック

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このページの用語

帝国主義(ていこくしゅぎ)
19世紀後半から、欧米の国々が、軍事力を背景にアジアやアフリカに進出して植民地を広げた動き。 くわしく見る
条約改正(じょうやくかいせい)
不平等条約を改正するための交渉。1894年に陸奥宗光が領事裁判権の撤廃に、1911年に小村寿太郎が関税自主権の回復に成功した。 くわしく見る
ノルマントン号事件(のるまんとんごうじけん)
1886年、イギリス船ノルマントン号が沈没し、イギリス人の船長が日本人の乗客を救わなかった事件。領事裁判権によって船長が軽い罪になり、条約改正を求める声が高まった。 くわしく見る
日清戦争(にっしんせんそう)
1894年、朝鮮で起こった甲午農民戦争をきっかけに、朝鮮をめぐって日本と清が戦った戦争。日本が勝った。 くわしく見る
下関条約(しものせきじょうやく)
1895年に結ばれた日清戦争の講和条約。清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾などを日本にゆずり、賠償金2億両を支払った。 くわしく見る
三国干渉(さんごくかんしょう)
1895年、ロシア・ドイツ・フランスが、日本に遼東半島を清に返すよう求めたできごと。 くわしく見る

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