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日露戦争と韓国併合

欧米の帝国主義と東アジア、条約改正の歩み、日清戦争・日露戦争と韓国併合、日本の産業革命と社会の変化、近代の文化を、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 日露戦争の原因と結果を説明できる
  • 韓国併合と、植民地支配の内容を説明できる
  • 辛亥革命による中国の変化を説明できる

前に習ったこと

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基本を理解する

日露戦争

1900年の義和団事件のあと、ロシアが満州に軍をとどめると、日本は1902年に日英同盟を結びました。1904年に日露戦争が起こり、1905年のポーツマス条約で講和しました。

韓国併合と中国

1910年、日本は韓国併合を行いました。中国では1911年に辛亥革命が起こりました。

例題

日比谷焼き打ち事件

ポーツマス条約のあと、国民の不満が高まったのはなぜか。

解き方

国民は増税にたえ、多くの犠牲を出して戦争に協力したのに、賠償金が得られなかったから。

自分でやってみる

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間違えやすいポイント

「ポーツマス条約で多額の賠償金を得た」

日露戦争では賠償金は得られなかった。賠償金を得たのは日清戦争(下関条約)。

「日英同盟は日清戦争の前に結ばれた」

日英同盟は1902年。日清戦争(1894年)のあと、日露戦争(1904年)の前。

まとめ

確かめること できること
1 日露戦争の原因と結果を説明できる
2 韓国併合と、植民地支配の内容を説明できる
3 辛亥革命による中国の変化を説明できる

理解度チェック

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このページの用語

義和団事件(ぎわだんじけん)
1900年、清で外国の勢力を追い出そうとした義和団が起こした事件。日本をふくむ8か国の連合軍がしずめた。 くわしく見る
日英同盟(にちえいどうめい)
1902年、ロシアの南下に対抗するため、日本とイギリスが結んだ同盟。 くわしく見る
日露戦争(にちろせんそう)
1904年、満州・朝鮮をめぐって日本とロシアが戦った戦争。日本は多くの犠牲を出しながら優勢になり、アメリカの仲立ちで講和した。 くわしく見る
ポーツマス条約(ぽーつますじょうやく)
1905年に結ばれた日露戦争の講和条約。ロシアは韓国での日本の優越権を認め、樺太の南半分などを日本にゆずったが、賠償金はなかった。 くわしく見る
韓国併合(かんこくへいごう)
1910年、日本が韓国を併合して植民地にしたできごと。朝鮮総督府を置いて支配した。 くわしく見る
辛亥革命(しんがいかくめい)
1911年、清で起こった革命。三民主義を唱えた孫文が臨時大総統となり、1912年にアジアで最初の共和国の中華民国が成立した。 くわしく見る

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