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古代国家の歩みと東アジア 用語を覚える

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冠位十二階603年、家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるために定めた制度。
603年、家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるために定めた制度。冠位十二階
十七条の憲法604年、役人の心構えを示した決まり。仏教や儒教の考え方を取り入れ、天皇の命令に従うことを説いた。
604年、役人の心構えを示した決まり。仏教や儒教の考え方を取り入れ、天皇の命令に従うことを説いた。十七条の憲法
法隆寺聖徳太子が建てたとされる奈良県の寺。現存する世界最古の木造建築とされる。飛鳥文化を代表する。
聖徳太子が建てたとされる奈良県の寺。現存する世界最古の木造建築とされる。飛鳥文化を代表する。法隆寺
飛鳥文化飛鳥時代に栄えた、日本で最初の仏教文化。法隆寺の釈迦三尊像など。
飛鳥時代に栄えた、日本で最初の仏教文化。法隆寺の釈迦三尊像など。飛鳥文化
大宝律令701年、唐の律令にならってつくられた法律。律は刑罰、令は政治のしくみなどを定めた。これにもとづく国家を律令国家という。
701年、唐の律令にならってつくられた法律。律は刑罰、令は政治のしくみなどを定めた。これにもとづく国家を律令国家という。大宝律令
班田収授法6歳以上の男女に口分田をあたえ、死ぬと国に返させる制度。
6歳以上の男女に口分田をあたえ、死ぬと国に返させる制度。班田収授法
租・調・庸律令による人々の負担。租は稲(収穫の約3%)、調は地方の特産物、庸は労役の代わりの布。
律令による人々の負担。租は稲(収穫の約3%)、調は地方の特産物、庸は労役の代わりの布。租・調・庸
防人九州北部の防衛のために送られた兵士。東国の人々が多く送られた。
九州北部の防衛のために送られた兵士。東国の人々が多く送られた。防人
墾田永年私財法743年、新しく開いた土地(墾田)の永久の私有を認めた法律。貴族や寺社が私有地を広げ、のちの荘園のもとになった。
743年、新しく開いた土地(墾田)の永久の私有を認めた法律。貴族や寺社が私有地を広げ、のちの荘園のもとになった。墾田永年私財法
荘園貴族や寺社が広げた私有地。墾田永年私財法をきっかけに広がった。
貴族や寺社が広げた私有地。墾田永年私財法をきっかけに広がった。荘園
東大寺の大仏聖武天皇の命令でつくられた大仏。752年に開眼の儀式が行われた。僧の行基が人々に協力を呼びかけた。
聖武天皇の命令でつくられた大仏。752年に開眼の儀式が行われた。僧の行基が人々に協力を呼びかけた。東大寺の大仏
天平文化聖武天皇のころに栄えた、唐の影響を強く受けた国際的な仏教文化。
聖武天皇のころに栄えた、唐の影響を強く受けた国際的な仏教文化。天平文化
正倉院東大寺にある倉庫。聖武天皇の遺品などが納められ、西アジアやインドから伝わった品もある。
東大寺にある倉庫。聖武天皇の遺品などが納められ、西アジアやインドから伝わった品もある。正倉院
古事記712年にまとめられた、日本の神話や伝承の歴史書。
712年にまとめられた、日本の神話や伝承の歴史書。古事記
日本書紀720年にまとめられた、国のおこりからの歴史書。
720年にまとめられた、国のおこりからの歴史書。日本書紀
万葉集奈良時代にまとめられた和歌集。天皇・貴族から防人・農民まで、さまざまな人の歌が収められている。
奈良時代にまとめられた和歌集。天皇・貴族から防人・農民まで、さまざまな人の歌が収められている。万葉集
摂関政治藤原氏が、天皇が幼いときは摂政、成人してからは関白として、天皇に代わって政治の実権をにぎった政治。11世紀前半の藤原道長・頼通のころに最も栄えた。
藤原氏が、天皇が幼いときは摂政、成人してからは関白として、天皇に代わって政治の実権をにぎった政治。11世紀前半の藤原道長・頼通のころに最も栄えた。摂関政治
国風文化平安時代の中ごろ、唐の文化をもとに、日本の風土や生活に合わせて発達した貴族の文化。
平安時代の中ごろ、唐の文化をもとに、日本の風土や生活に合わせて発達した貴族の文化。国風文化
かな文字漢字をもとに日本でつくられた文字(ひらがな・かたかな)。日本語の気持ちを表しやすくなり、女性による文学が発達した。
漢字をもとに日本でつくられた文字(ひらがな・かたかな)。日本語の気持ちを表しやすくなり、女性による文学が発達した。かな文字
源氏物語紫式部が書いた長編小説。宮廷の貴族の生活をえがいた。
紫式部が書いた長編小説。宮廷の貴族の生活をえがいた。源氏物語
枕草子清少納言が書いた随筆。宮廷のくらしや自然を、するどい感覚でえがいた。
清少納言が書いた随筆。宮廷のくらしや自然を、するどい感覚でえがいた。枕草子
平等院鳳凰堂1053年に藤原頼通が宇治(京都府)に建てた阿弥陀堂。浄土信仰の広まりを示す。
1053年に藤原頼通が宇治(京都府)に建てた阿弥陀堂。浄土信仰の広まりを示す。平等院鳳凰堂
浄土信仰阿弥陀仏にすがり、念仏を唱えれば、死後に極楽浄土に生まれ変われるという信仰。平安時代の中ごろから広まった。
阿弥陀仏にすがり、念仏を唱えれば、死後に極楽浄土に生まれ変われるという信仰。平安時代の中ごろから広まった。浄土信仰

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人物カード
聖徳太子(厩戸皇子)593年、推古天皇の摂政となり、蘇我馬子と協力して、天皇を中心とする政治のしくみを整えようとした。
593年、推古天皇の摂政となり、蘇我馬子と協力して、天皇を中心とする政治のしくみを整えようとした。聖徳太子(厩戸皇子)
聖徳太子(厩戸皇子)は何時代?飛鳥時代
聖武天皇8世紀の天皇。仏教の力で国を守ろうとして、国ごとに国分寺・国分尼寺を、都に東大寺と大仏をつくらせた。
8世紀の天皇。仏教の力で国を守ろうとして、国ごとに国分寺・国分尼寺を、都に東大寺と大仏をつくらせた。聖武天皇
聖武天皇は何時代?奈良時代
鑑真何度も遭難しながら来日した唐の僧。正しい仏教の教えを伝え、唐招提寺を開いた。
何度も遭難しながら来日した唐の僧。正しい仏教の教えを伝え、唐招提寺を開いた。鑑真
鑑真は何時代?奈良時代
坂上田村麻呂桓武天皇から征夷大将軍に任じられ、東北地方の蝦夷を平定した人物。
桓武天皇から征夷大将軍に任じられ、東北地方の蝦夷を平定した人物。坂上田村麻呂
坂上田村麻呂は何時代?平安時代
最澄と空海唐で学んだ僧。最澄は比叡山の延暦寺で天台宗を、空海は高野山の金剛峯寺で真言宗を広めた。
唐で学んだ僧。最澄は比叡山の延暦寺で天台宗を、空海は高野山の金剛峯寺で真言宗を広めた。最澄と空海
最澄と空海は何時代?平安時代
藤原道長11世紀前半に摂関政治の全盛期を築いた人物。4人の娘を天皇のきさきにした。
11世紀前半に摂関政治の全盛期を築いた人物。4人の娘を天皇のきさきにした。藤原道長
藤原道長は何時代?平安時代

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出来事カード
仏教の伝来6世紀中ごろ、朝鮮半島の百済から仏教が正式に伝えられた。
仏教の伝来は何年?538年
538年のできごとは?仏教の伝来
冠位十二階603年、家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるために定めた制度。
冠位十二階は何年?603年
603年のできごとは?冠位十二階
十七条の憲法604年、役人の心構えを示した決まり。仏教や儒教の考え方を取り入れ、天皇の命令に従うことを説いた。
十七条の憲法は何年?604年
604年のできごとは?十七条の憲法
遣隋使607年、小野妹子らを隋(中国)に送った使節。隋の進んだ制度や文化を取り入れようとした。
遣隋使は何年?607年
607年のできごとは?遣隋使
大化の改新645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏をたおして始めた政治の改革。土地と人民を国家が直接支配する公地公民の方針を示した。
大化の改新は何年?645年
645年のできごとは?大化の改新
白村江の戦い663年、百済を助けるために送った日本の軍が、唐と新羅の連合軍に敗れた戦い。
白村江の戦いは何年?663年
663年のできごとは?白村江の戦い
壬申の乱672年、天智天皇(中大兄皇子)の死後、あとつぎをめぐって起こった争い。勝った大海人皇子が天武天皇となった。
壬申の乱は何年?672年
672年のできごとは?壬申の乱
大宝律令701年、唐の律令にならってつくられた法律。律は刑罰、令は政治のしくみなどを定めた。これにもとづく国家を律令国家という。
大宝律令は何年?701年
701年のできごとは?大宝律令
平城京710年に奈良に置かれた都。唐の都の長安にならい、道路で碁盤の目のように区画された。
平城京は何年?710年
710年のできごとは?平城京
班田収授法6歳以上の男女に口分田をあたえ、死ぬと国に返させる制度。
租・調・庸律令による人々の負担。租は稲(収穫の約3%)、調は地方の特産物、庸は労役の代わりの布。
墾田永年私財法743年、新しく開いた土地(墾田)の永久の私有を認めた法律。貴族や寺社が私有地を広げ、のちの荘園のもとになった。
墾田永年私財法は何年?743年
743年のできごとは?墾田永年私財法
古事記712年にまとめられた、日本の神話や伝承の歴史書。
古事記は何年?712年
712年のできごとは?古事記
日本書紀720年にまとめられた、国のおこりからの歴史書。
日本書紀は何年?720年
720年のできごとは?日本書紀
万葉集奈良時代にまとめられた和歌集。天皇・貴族から防人・農民まで、さまざまな人の歌が収められている。
遣唐使唐(中国)の進んだ制度や文化を学ぶために送った使節。630年から送られ、894年に停止された。
遣唐使は何年?630年〜894年
630年〜894年のできごとは?遣唐使
平安京794年、桓武天皇が京都に移した都。政治を立て直すため、仏教勢力の強い奈良をはなれた。
平安京は何年?794年
794年のできごとは?平安京
遣唐使の停止894年、唐がおとろえたことなどから、菅原道真の進言で遣唐使が停止された。
遣唐使の停止は何年?894年
894年のできごとは?遣唐使の停止
源氏物語紫式部が書いた長編小説。宮廷の貴族の生活をえがいた。
枕草子清少納言が書いた随筆。宮廷のくらしや自然を、するどい感覚でえがいた。

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比べて覚える:天平文化と国風文化

天平文化

ひとことで
聖武天皇のころに栄えた、唐の影響を強く受けた国際的な仏教文化。

国風文化

ひとことで
平安時代の中ごろ、唐の文化をもとに、日本の風土や生活に合わせて発達した貴族の文化。

比べて覚える:古事記と日本書紀

古事記

ひとことで
712年にまとめられた、日本の神話や伝承の歴史書。

日本書紀

ひとことで
720年にまとめられた、国のおこりからの歴史書。

用語の説明

用語

防人(さきもり)

用語

九州北部の防衛のために送られた兵士。東国の人々が多く送られた。

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関連する用語

租・調・庸

荘園(しょうえん)

用語

貴族や寺社が広げた私有地。墾田永年私財法をきっかけに広がった。

摂関政治(せっかんせいじ)

用語

藤原氏が、天皇が幼いときは摂政、成人してからは関白として、天皇に代わって政治の実権をにぎった政治。11世紀前半の藤原道長・頼通のころに最も栄えた。

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流れ

  1. 娘を天皇のきさきにする
  2. 生まれた子を天皇に立てる
  3. 天皇の祖父として、摂政・関白になる

関連する用語

藤原道長

文化・宗教

飛鳥文化(あすかぶんか)

文化

飛鳥時代に栄えた、日本で最初の仏教文化。法隆寺の釈迦三尊像など。

天平文化(てんぴょうぶんか)

文化

聖武天皇のころに栄えた、唐の影響を強く受けた国際的な仏教文化。

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具体例

正倉院には、シルクロードを通って西アジアなどから伝わった品も納められている。

関連する用語

正倉院

国風文化(こくふうぶんか)

文化

平安時代の中ごろ、唐の文化をもとに、日本の風土や生活に合わせて発達した貴族の文化。

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重要ポイント

  • かな文字(ひらがな・かたかな)
  • 源氏物語(紫式部)・枕草子(清少納言)
  • 古今和歌集(紀貫之ら)
  • 寝殿造の住宅、大和絵

比べる用語

天平文化

かな文字(かなもじ)

文化

漢字をもとに日本でつくられた文字(ひらがな・かたかな)。日本語の気持ちを表しやすくなり、女性による文学が発達した。

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関連する用語

国風文化

浄土信仰(じょうどしんこう)

文化

阿弥陀仏にすがり、念仏を唱えれば、死後に極楽浄土に生まれ変われるという信仰。平安時代の中ごろから広まった。

政策・法令

冠位十二階(かんいじゅうにかい)

政策・法令

603年、家柄にとらわれず、才能や功績のある人を役人に取り立てるために定めた制度。

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関連する用語

聖徳太子(厩戸皇子)

大宝律令(たいほうりつりょう)

政策・法令

701年、唐の律令にならってつくられた法律。律は刑罰、令は政治のしくみなどを定めた。これにもとづく国家を律令国家という。

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重要ポイント

  • 中央:太政官・神祇官の二官と八省
  • 地方:国に国司、郡に郡司を置く
  • 九州北部に大宰府を置く

班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)

政策・法令

6歳以上の男女に口分田をあたえ、死ぬと国に返させる制度。

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関連する用語

租・調・庸

租・調・庸(そ・ちょう・よう)

政策・法令

律令による人々の負担。租は稲(収穫の約3%)、調は地方の特産物、庸は労役の代わりの布。

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重要ポイント

  • 租:口分田の収穫の約3%の稲を納める
  • 調:絹・魚・塩などの地方の特産物を都に納める
  • 庸:都で働く代わりに布を納める
  • 兵役:九州北部の防衛にあたる防人など

入試ポイント

調と庸は、自分で都まで運ばなければならず、人々の重い負担になった。

墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)

政策・法令

743年、新しく開いた土地(墾田)の永久の私有を認めた法律。貴族や寺社が私有地を広げ、のちの荘園のもとになった。

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なぜ?

人口が増えて口分田が足りなくなったので、開墾をすすめるため。

関連する用語

荘園

史料

十七条の憲法(じゅうしちじょうのけんぽう)

史料

604年、役人の心構えを示した決まり。仏教や儒教の考え方を取り入れ、天皇の命令に従うことを説いた。

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具体例

「一に曰く、和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗とせよ。」

関連する用語

聖徳太子(厩戸皇子)

古事記(こじき)

史料

712年にまとめられた、日本の神話や伝承の歴史書。

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比べる用語

日本書紀

日本書紀(にほんしょき)

史料

720年にまとめられた、国のおこりからの歴史書。

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比べる用語

古事記

万葉集(まんようしゅう)

史料

奈良時代にまとめられた和歌集。天皇・貴族から防人・農民まで、さまざまな人の歌が収められている。

源氏物語(げんじものがたり)

史料

紫式部が書いた長編小説。宮廷の貴族の生活をえがいた。

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関連する用語

国風文化

枕草子(まくらのそうし)

史料

清少納言が書いた随筆。宮廷のくらしや自然を、するどい感覚でえがいた。

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関連する用語

国風文化

文化財・もの

法隆寺(ほうりゅうじ)

文化財・もの

聖徳太子が建てたとされる奈良県の寺。現存する世界最古の木造建築とされる。飛鳥文化を代表する。

東大寺の大仏(とうだいじのだいぶつ)

文化財・もの

聖武天皇の命令でつくられた大仏。752年に開眼の儀式が行われた。僧の行基が人々に協力を呼びかけた。

正倉院(しょうそういん)

文化財・もの

東大寺にある倉庫。聖武天皇の遺品などが納められ、西アジアやインドから伝わった品もある。

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関連する用語

天平文化

平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)

文化財・もの

1053年に藤原頼通が宇治(京都府)に建てた阿弥陀堂。浄土信仰の広まりを示す。

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関連する用語

浄土信仰

人物

聖徳太子(厩戸皇子)(しょうとくたいし)

人物

593年、推古天皇の摂政となり、蘇我馬子と協力して、天皇を中心とする政治のしくみを整えようとした。

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関連する用語

冠位十二階、十七条の憲法、遣隋使、法隆寺

聖武天皇(しょうむてんのう)

人物

8世紀の天皇。仏教の力で国を守ろうとして、国ごとに国分寺・国分尼寺を、都に東大寺と大仏をつくらせた。

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関連する用語

東大寺の大仏

鑑真(がんじん)

人物

何度も遭難しながら来日した唐の僧。正しい仏教の教えを伝え、唐招提寺を開いた。

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)

人物

桓武天皇から征夷大将軍に任じられ、東北地方の蝦夷を平定した人物。

最澄と空海(さいちょうとくうかい)

人物

唐で学んだ僧。最澄は比叡山の延暦寺で天台宗を、空海は高野山の金剛峯寺で真言宗を広めた。

藤原道長(ふじわらのみちなが)

人物

11世紀前半に摂関政治の全盛期を築いた人物。4人の娘を天皇のきさきにした。

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具体例

「この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」という歌をよんだ。

出来事

仏教の伝来(ぶっきょうのでんらい)

出来事

6世紀中ごろ、朝鮮半島の百済から仏教が正式に伝えられた。

くわしく理解する

くわしく

伝えられた年は、552年とする説もある。

遣隋使(けんずいし)

出来事

607年、小野妹子らを隋(中国)に送った使節。隋の進んだ制度や文化を取り入れようとした。

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関連する用語

聖徳太子(厩戸皇子)

大化の改新(たいかのかいしん)

出来事

645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏をたおして始めた政治の改革。土地と人民を国家が直接支配する公地公民の方針を示した。

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流れ

  1. 蘇我氏が大きな力をもち、天皇をしのぐほどになる
  2. 645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏をたおす
  3. 豪族が支配していた土地と人民を、国家が直接支配する(公地公民)

白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)

出来事

663年、百済を助けるために送った日本の軍が、唐と新羅の連合軍に敗れた戦い。

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くわしく

敗れたあと、唐・新羅の攻撃に備えて、九州北部に水城や山城を築き、防人を置いた。

壬申の乱(じんしんのらん)

出来事

672年、天智天皇(中大兄皇子)の死後、あとつぎをめぐって起こった争い。勝った大海人皇子が天武天皇となった。

平城京(へいじょうきょう)

出来事

710年に奈良に置かれた都。唐の都の長安にならい、道路で碁盤の目のように区画された。

遣唐使(けんとうし)

出来事

唐(中国)の進んだ制度や文化を学ぶために送った使節。630年から送られ、894年に停止された。

平安京(へいあんきょう)

出来事

794年、桓武天皇が京都に移した都。政治を立て直すため、仏教勢力の強い奈良をはなれた。

遣唐使の停止(けんとうしのていし)

出来事

894年、唐がおとろえたことなどから、菅原道真の進言で遣唐使が停止された。