コンテンツにスキップ

欧米のアジア進出

欧米の市民革命と産業革命、欧米のアジア進出、日本の開国から江戸幕府の滅亡までを、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 三角貿易の流れと、アヘン戦争の原因・結果を説明できる
  • インドが植民地になっていく流れを説明できる

前に習ったこと

問題を読み込んでいます…

基本を理解する

アヘン戦争

19世紀、イギリスは三角貿易(19世紀)で利益をあげました。

19世紀のイギリス・インド・清の三角貿易 イギリスは綿織物をインドへ、インドはアヘンを清へ、清は茶をイギリスへ輸出した。清からは、アヘンの代金として銀が流出した。 イギリス インド 清 綿織物 アヘン 茶
19世紀のイギリス・インド・清の三角貿易

清がアヘンの密輸を取りしまると、1840年にアヘン戦争が起こり、清は敗れました。

インド

インドでは1857年にインド大反乱が起こりましたが、イギリスにしずめられ、直接支配されました。

例題

アヘン戦争の影響

アヘン戦争の結果は、日本にどのような影響をあたえたか。

解き方

大国の清がイギリスに敗れたことを知った幕府は、外国船打払令をやめ、来航した外国船に燃料や水をあたえるように方針を改めた。

自分でやってみる

問題を読み込んでいます…

間違えやすいポイント

「三角貿易でイギリスはインドからアヘンを輸入した」

イギリスはインドに綿織物を輸出し、インドが清にアヘンを輸出した。

「アヘン戦争で清が勝った」

清はイギリスに敗れ、南京条約で香港をゆずり、5つの港を開いた。

まとめ

確かめること できること
1 三角貿易の流れと、アヘン戦争の原因・結果を説明できる
2 インドが植民地になっていく流れを説明できる

理解度チェック

問題を読み込んでいます…

このページの用語

三角貿易(19世紀)(さんかくぼうえき)
イギリスはインドに綿織物を、インドは清にアヘンを、清はイギリスに茶を輸出した貿易。清では、アヘンの代金として銀が国外に流れ出た。 くわしく見る
アヘン戦争(あへんせんそう)
1840年、清がアヘンの密輸を取りしまったことから、イギリスとの間で起こった戦争。清が敗れ、1842年の南京条約で香港をゆずり、5つの港を開いた。 くわしく見る
インド大反乱(いんどだいはんらん)
1857年、イギリスの支配に反対してインドで起こった反乱。イギリスは反乱をしずめ、インドを直接支配した。 くわしく見る

次に進もう

このページの目標に全部チェックがついたら、次へ進もう。

次の Lesson:開国と江戸幕府の滅亡 →