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冷戦と日本の独立

占領下の戦後改革と日本国憲法、冷戦の下での日本の独立と国際社会への復帰、高度経済成長とその課題、冷戦後の世界と日本の変化を、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 冷戦の対立の構図を説明できる
  • 日本が独立を回復し、国際社会に復帰するまでの流れを説明できる
  • 近隣諸国との国交の正常化と、沖縄の返還を説明できる

前に習ったこと

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基本を理解する

冷戦

1945年に国際連合の成立がありましたが、まもなく冷戦(冷たい戦争)が始まり、1950年には朝鮮戦争が起こりました。

独立と国際社会への復帰

1951年、日本はサンフランシスコ平和条約を結び、同時に日米安全保障条約を結びました。1956年の日ソ共同宣言で国際連合に加盟しました。

近隣諸国との関係

1965年に日韓基本条約、1972年に日中共同声明で国交を正常化しました。1972年には沖縄の日本復帰が実現しました。

例題

国際連合への加盟

日本の国際連合への加盟が1956年まで実現しなかったのはなぜか。

解き方

安全保障理事会の常任理事国のソ連が反対していたから。1956年の日ソ共同宣言でソ連と国交を回復し、加盟が実現した。

自分でやってみる

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間違えやすいポイント

「サンフランシスコ平和条約にはソ連も調印した」

ソ連は会議に出席したが調印しなかった。ソ連との国交回復は1956年の日ソ共同宣言。

「沖縄はサンフランシスコ平和条約で日本に返された」

沖縄はその後もアメリカの統治下に置かれ、1972年に返還された。

まとめ

確かめること できること
1 冷戦の対立の構図を説明できる
2 日本が独立を回復し、国際社会に復帰するまでの流れを説明できる
3 近隣諸国との国交の正常化と、沖縄の返還を説明できる

理解度チェック

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このページの用語

国際連合の成立(こくさいれんごうのせいりつ)
1945年10月、世界の平和と安全を守るために51か国で発足した国際組織。 くわしく見る
冷戦(冷たい戦争)(れいせん)
第二次世界大戦後、アメリカを中心とする資本主義の国々(西側)と、ソ連を中心とする社会主義の国々(東側)の、直接戦火を交えない対立。 くわしく見る
朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)
1950年、朝鮮半島で、韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の間で始まった戦争。アメリカ軍などが韓国を、中国の義勇軍が北朝鮮を支援した。 くわしく見る
サンフランシスコ平和条約(さんふらんしすこへいわじょうやく)
1951年、吉田茂内閣がアメリカなど48か国と結んだ講和条約。翌年に発効し、日本は独立を回復した。 くわしく見る
日米安全保障条約(にちべいあんぜんほしょうじょうやく)
1951年、サンフランシスコ平和条約と同じ日に結ばれた条約。独立後もアメリカ軍が日本に駐留することを認めた。1960年に改定された。 くわしく見る
日ソ共同宣言(にっそきょうどうせんげん)
1956年、日本とソ連が国交を回復した宣言。これによってソ連の反対がなくなり、日本は同じ年に国際連合に加盟した。 くわしく見る
日韓基本条約(にっかんきほんじょうやく)
1965年、日本と韓国が結んだ条約。日本は韓国政府を朝鮮半島の唯一の合法的な政府と認め、国交を正常化した。 くわしく見る
日中共同声明(にっちゅうきょうどうせいめい)
1972年、田中角栄内閣が中華人民共和国と国交を正常化した声明。1978年には日中平和友好条約を結んだ。 くわしく見る
沖縄の日本復帰(おきなわのにほんふっき)
1972年、佐藤栄作内閣のときに、沖縄がアメリカから日本に返還された。アメリカ軍基地の多くは残された。 くわしく見る

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