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ヨーロッパ人の来航と織田信長

ルネサンス・宗教改革・大航海時代とヨーロッパ人の来航、織田信長・豊臣秀吉による全国統一の過程と政策、桃山文化を、年表と資料で確かめる。

このLessonでできるようになること

  • 鉄砲とキリスト教の伝来と、その影響を説明できる
  • 南蛮貿易の特色を説明できる
  • 織田信長の統一事業と政策を説明できる

前に習ったこと

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基本を理解する

ヨーロッパ人の来航

1543年に鉄砲の伝来があり、1549年にはフランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えました。南蛮貿易がさかんになり、キリシタン大名も現れました。

織田信長

織田信長は、長篠の戦いで鉄砲を効果的に使い、安土城下では楽市・楽座を行いました。1582年の本能寺の変で倒れました。

例題

楽市・楽座のねらい

織田信長が楽市・楽座を行ったのはなぜか。

解き方

市での税を免除し、座の特権をなくして、だれでも自由に商売できるようにすることで、商工業をさかんにし、城下町を発展させるため。

自分でやってみる

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間違えやすいポイント

「キリスト教を伝えたのはポルトガル人の商人」

キリスト教を伝えたのはイエズス会の宣教師ザビエル(1549年)。1543年にポルトガル人が伝えたのは鉄砲。

「信長は全国を統一した」

信長は統一を目前に本能寺の変で倒れた。全国を統一したのは豊臣秀吉(1590年)。

まとめ

確かめること できること
1 鉄砲とキリスト教の伝来と、その影響を説明できる
2 南蛮貿易の特色を説明できる
3 織田信長の統一事業と政策を説明できる

理解度チェック

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このページの用語

鉄砲の伝来(てっぽうのでんらい)
1543年、種子島(鹿児島県)に流れ着いた中国の船に乗っていたポルトガル人によって、鉄砲が伝えられた。 くわしく見る
フランシスコ・ザビエル(ふらんしすこ・ざびえる)
1549年に鹿児島に来て、日本に初めてキリスト教を伝えたイエズス会の宣教師。 くわしく見る
南蛮貿易(なんばんぼうえき)
16世紀後半から、ポルトガル人・スペイン人(南蛮人)と、長崎や平戸などで行われた貿易。日本は銀を輸出し、中国産の生糸や絹織物、鉄砲・火薬などを輸入した。 くわしく見る
キリシタン大名(きりしたんだいみょう)
キリスト教の信者になった大名。1582年には、九州のキリシタン大名が4人の少年をローマ教皇のもとへ送った(天正遣欧使節)。 くわしく見る
織田信長(おだのぶなが)
尾張(愛知県)の戦国大名。1560年に桶狭間の戦いで今川義元を破り、1573年に室町幕府をほろぼした。安土城を築いて天下統一を進めたが、1582年、本能寺の変で家臣の明智光秀にそむかれて自害した。 くわしく見る
長篠の戦い(ながしののたたかい)
1575年、織田信長・徳川家康の連合軍が、鉄砲を有効に使って武田勝頼の騎馬隊を破った戦い。 くわしく見る
楽市・楽座(らくいち・らくざ)
織田信長が安土城下などで行った政策。市での税を免除し、座の特権をなくして、だれでも自由に商売ができるようにした。 くわしく見る
本能寺の変(ほんのうじのへん)
1582年、織田信長が家臣の明智光秀にそむかれ、京都の本能寺で自害したできごと。 くわしく見る

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